或るトポロジストの回想

小さなコトを大きくカク

『幼い生命と健康』〜書籍レビュー1〜

読んだ本のレビューを書こうシリーズの第一弾

今回読んだのは

『幼い生命と健康;荒井良 著』*1

です。以下に続きます。

 

 

 

 

書籍紹介

 

『幼い生命と健康 荒井良 著, 岩波新書(1991)』

岩波書店のページ

https://www.iwanami.co.jp/book/b267995.html)

 

概要は以下;

 

元気な赤ちゃんが生まれ,健やかに育ってほしい.だれしもそう願うが,妊婦や子どもの健康,育児についての私たちの知識は不確かなことが多い.「子どもの医学協会」での豊富な体験をもつ著者が,未熟児,アレルギー,発達の遅れなど多くの相談例をまじえながら,幼い生命を見守るために必要な心構えと確かな知識を語りかける.

 

当時としてはホットな話題である『未熟児』『アレルギー』『自閉症(←近頃はあまり見ない表現)』を通じて、胎児から幼児気における生命の仕組みや健康問題について取り上げている。それらの問題は、あくまで幼児の健康に最大限の配慮をおき、その達成のために周囲の人間(親、社会など)がどのように子供に接すれば良いかについてのヒントを与えるものとなっている。

 

以下、少し内容をまとめていく。

 

 

 

著書内容

 

『人間の健康とは何か? 成長に異常があるとはどういうことか?』これらの問題に答えるには、まず第一に、人間の成長のメカニズムを知らねばならいとこの著者は主張する。そして、適切な治療施すには摩訶不思議ともいえる人類の体内メカニズムに対する深い理解と観察が必要不可欠である。さらに、治療を行う際には、幼児を育て上げる両親(保護者)への十分な説明と納得を与えなければならない。

 

主に上述のような内容を伝えたいのだと思われる。したがって、本書の内容には生命誕生のメカニズムや染色体異常、免疫の仕組みなどなど医学的な話が多く取り上げられている。当時の小児医療における知見の最前線にあたるところであったであろう。しかし、馴染みのない読者に実感を持って理解してもらえるよう、なるべく平易な表現と穏やかな語り口で話は展開していく。そこで取り上げられているメカニズムにかかわる話題は、主に『未熟児』『アレルギー』『発達の遅れ(自閉症)』である。

 

 

 

未熟児に関わる話題

 

近年(当時)から未熟児が増加傾向にあること、そして残念なことに、この出産に伴う妊婦の身体への負担についての正しい理解が社会に浸透していないのでは無いか、という問題が投げかけられている。

生命の誕生に関する問題は神経質になりやすい、センシティブな内容を含む。だからこそ、問題の所在とその原因というのは正しく認識されなければならない。

本書では避妊治療をめぐる様々なトラブルについて例が挙げられている。それらを総括すると『原因は多岐に及ぶ』ということである。胎児に問題(異常)が認められることもあるし、父親/母親に問題が認められることもある。

近年(当時)は『胎児に異常が見つかれば早いところ流産』を勧める医者も時折見られていたらしく、著者はこの現状に危機感を覚えていたことが窺える。

すぐに短絡的な対応をとってしまうのはまずい。まずは母子の健康にどのような影響が出ているのか、具に観察することが必要である。そして、それを実行するためには、何よりも医者と両親との間の信頼関係構築が欠かせないのである。このように述べられている。

 

 

アレルギーに関わる話題

アレルギーの本来の意味は外界からの刺激に対する生命体の「自己主張のようなもの」であると著者は主張する。つまり自然な反応なのである。これが一般的にイメージされるアレルギーの意味になるのは、生物が外界の刺激にうまく反応できず過剰反応を起こしてしまう時である。ミクロレベルで見ると、それは主に『体液性免疫』と『細胞性免疫』に大別される。前者は理解が進みつつあるメカニズムであり、治療すべき方向性についても議論が進んでいるが、後者の『細胞性免疫』は非常に複雑なメカニズムを持っており、今でも(当時のこと)理解が進んでいない、とのことである。

アレルギーの例としてはアトピーや食物アレルギーが取り上げられている。肌を清潔に保ちましょう、家をきれいにしておきましょう、などなど、まぁ一般的な注意しかしていないのでここはあまり参考にならない(不明な点が多い、ということの裏返しでもあるのだろう)。

一つ興味深い点は『心因性アレルギー』と呼ばれるジャンルが取り上げられていたということである。心理学に近い内容を含んでいるのかもしれない。先の食物アレルギーの例でも、ただ単純に『発作が起きてしまうので食べさせてはいけない』という理由のみならず、食育の家庭で心的外傷(トラウマ)につながる経験を負ったがためにアレルギー症状が発生した事例があるということである。『食事は楽しみながら、食べ方飲み込み方を学びながら行うことが肝要である』という内容にはハッとさせられた。

いわゆるメンタルヘルスが身体メカニズムにまで影響を及ぼすという最近でもホットな話題に当時から言及されていた、という点は興味深い。そして、これは幼児の教育という点でも大人が皆心に留めておくべき内容であろう。

 

 

発達の遅れに関する話題

 

いわゆる「発達段階」と称されるものであろう。ここではDDST(デンバー・ディベロップメント・スクリーニング・テスト, 1967)という先行研究について触れられていた。『○○ができた/まだできない』という結果重視の行動評価ではなく、そこに至るまでの過程、変化などに着目して幼児の行動を評価しようというものである(DDSTで調べると今でもたくさん記事が出てくるので参考にて欲しい)。ここでも、その検査内容を見ればわかるように、子供が発している『成長のシグナル』を親や医者がしっかりと汲み取ってあげること(つまりツブサな観察)が必要であると述べている。

当時から脳の発達から幼児の行動分析を行なっていたようであり、特に著者はその中でも「情緒によるアクションの促進」とでもいうべき点を重視している。これも先に述べたことと関連するが、人の脳を活性化し、積極的な行動につなげるのは『楽しい』『面白い』といったプラスな感情あり、高圧的な教育や恫喝に近い行動の催促は却って幼児にとって悪影響を与えるということである。

続いて、筆者は大事な点を述べている;

自閉症」とか「多動」といった表現はあくまで周囲が植え付けたイメージであり、『一般的な子だったらこうあるべきだ』というレッテルの強制でしかない。本来、子供とは三者三様であり、一概に同じ成長曲線に乗るわけでは無い。こうした思いやりのない言葉は子供だけでなく両親に大きな不安を与える。こうした社会的圧力が大きくなると、親は自分の子供と他とを比較し、我が子の教育を苦しいものにしてしまう。厳しさや焦りのこもった教育には、先に述べた『楽しさ』『面白さ』といった大事な要素がこぼれ落ちてしまう。それがどのような結果を招いてしまうかは、火を見るより明らかである。

ここでも筆者はこう述べているように思えてならない;

我が子をよく観察しなさい。子供は、大人が拾い切れないほど多くのメッセージを送ってくれている。保育園などで子供の成長記録を細かに記録するのは、「自閉」だとか「多動」だとか「成長の遅れ/進み」のレッテル貼りを行うことが目標では無いのである。我が子からより多くを受け止めることで、より良い教育へ舵をとるための大事な情報なのであるし、何より、我が子の成長に気付き、日々の親子生活に楽しさと喜びを加えてくれる人生のエッセンスなのである。

 

 

感想

感想と言っても上にまとめたところに自分の感じたことを含めて抽出しているので、改めて言葉にまとめる必要はないかと思う。何かいうとすると、『メカニズムを知ること→よく観察すること→両者を踏まえて治療(教育)を行うこと』の流れが基本的で大事なのだなと思った。21世期の現代になって多くが解明されていることだとは思うが、この基本スタンスというのはいつの時代も変わらず心しておかねばならない内容なのだと思う。

 

追記

荒井良(あらいまこと)先生のことをネットで探そうと思ったが、あまりヒットしなかった。少し昔の方であったのだろうか。

 

*1:荒井良(あらいまこと) 専門は発生生理、病理学、および神経科学 子供の医学協会会長など